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俳優矢崎広くんと若手俳優さん中心の舞台観劇&映画ドラマ感想ブログ

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宮本武蔵(完全版)


東京芸術劇場 シアターイースト
27日マチネを観てきました。

最前列上手。初めてのシアターイーストだった。
主演の山田裕貴君は彼のデビュー作でもあるゴーカイジャーが大好きだったので、生で観るのは当時のGロのゴーカイジャーショー以来。当時から演技の出来る子だなーと思っていたけれどすごく上手くなってるなあ。
セットはとてもシンプルだし小道具も限られている中殆ど登場人物たちの会話劇で成り立つ作品だった。時代劇でありながら台詞はほぼ現代の台詞で尚且つかなり崩したゆるい喋り言葉。
剣豪宮本武蔵の物語にしてはあまりに緩く始まり、どうやら他人とコミュニケーションを取る事が苦手な様子の武蔵が全く強そうに見えず話が進んでゆく。もしかしたら偽物なんじゃないの?なんて登場人物達も観客ですら思う程人間関係を築くのが下手で、疎遠になっていた恋人に未練たらたらで、剣だって全然強そうに見えないヘタレキャラに見えてきたところであの一部ラストの衝撃ときたら。乱暴な言い方をしてしまえば一部はこのラスト、武蔵を養父の仇であると知りながら仇討ちする事を止めようとしていた亀一郎を問答無用でかなり卑怯なやり方で殴り殺す武蔵という、斬り合いをするわけでも無いただの「殺人」で締めるこの衝撃の為だけに一時間以上費やしてるんだよなあ。このままだらだらとゆるーいテンションで続いて行くコメディなのかなと客席を安心させ気を緩ませ、もっと言うなら少し退屈させる程度に長く何も事件が起こらないパートをやることで完全に気を抜かせておいての一撃。まさに武蔵曰く「破れたり」な状態。気を抜いた瞬間に斬られた状態。
一部が終わって休憩に入った途端客席が「えっえっ?」「マジか……」とざわざわしていたので明らかに計画的犯行が成功してるんだなとゾクゾクした。

二部からは一部と同じように緩い空気を纏いつつ驚く程さくさくと人が死ぬ。本当にあっさりと最後の言葉も断末魔も無く死ぬ。それは人の死を軽く扱っているという意味では無く、重要なメインテーマはそこでは無いという意味なのでは無いかと思った。一部で武蔵が小次郎の浴衣めくって小次郎が嫌がってからの一悶着があるけれど結局あれが一番この物語の、というか武蔵を表しているような気がして、つまり武蔵は小次郎が何故嫌がるのかがわからない、そして嫌がる小次郎の浴衣を何度も捲った自分の行動が何故非難されるのかもわかっていない。つまり共感能力が著しく欠如している障害の持ち主なのだろうという事がここで如実に示されている事が私は二部を見て漸く理解出来た。
だからこそ仇を討つのを止めて去ろうとした亀一郎の心が理解出来ていないし、自分から離れるツルの心も理解出来ない。ツルが言う「あんたは自分が好きだからお前も好きになれと言う。これだけ愛してるんだから同じくらい愛されるはずだと思っている。でもそうじゃないんだよ、それは愛じゃないんだよ」という非常に辛辣とも取れる言葉が良く物語っているんだよなあ。そんなツルの訴えも武蔵には良く分らないんだよなあ。自分の考えはこうであるからそれが真理だと思ってしまう。人の考え方に共感出来ないあまり、睨みつけられたら殺されると思い殺される前に殺してしまう。だからこそ武蔵は友だちもみんな殺してしまった。それは武蔵の共感能力の障害と共に強すぎるからこその疑心暗鬼も手伝って狂気となり暴走してしまっているんだろうなって思うと可哀想だと感じてしまう。
決闘の八百長をしようと持ちかけた小次郎をフリスク()で毒殺する武蔵だけれど、思えば一部で宿で全員にフリスク薦めてるんだよね……全員から断られてたけど、あれってやっぱり毒を薦めてたんだろうか……と考えると武蔵の内面の不安定さと狂気が伺える。
そんな武蔵の狂気のある意味一因となっているのは強すぎるツルへの執着で、これほどまでに愛しているのだからツルも嫌がるそぶりを見せつつ最終的には受け入れてくれるだろうと思っている。それはまるでDV彼氏みたいな考え方で、だからこそツルは武蔵が何をするかわからなくて恐ろしくて逃げたいんだよなあ。ツルからしてみたら武蔵からの愛は重すぎるし、ただただ恐怖でしかない。
でもこの宮本武蔵(完全版)という物語は個人的には狂気と愛の物語だと思っていて、狂気の人物は武蔵であるけれど愛の人物は伊織なんだよ。たまたまあの宿屋の直前で武蔵に絡まれ決闘の真似事をさせられ、そしてたまたま宿で武蔵と同じ部屋になった本当に気の良い武士。
二部で彼がゲイである事が如実に示されるけれど、今の時代ゲイである事を笑いにするのかとふと思いもしたけれどあれは全然笑いの場面ってわけじゃないんだよなあ。伊織はけして気の良いゲイの武士というネタキャラなどでは無く、この物語で武蔵に次いで重要な人物で、何よりこの人は愛の人なんだ。
伊織はけして二部で突如としてゲイキャラになったわけでは無く、最初から「結婚が嫌で家を出た」と言ってるのでその時点で既に伊織が異性愛者では無い可能性って提示されてるのよね。後から思えば温泉好きの侍ってあたりもそういう意味があったのかもしれないけれど、ここで重要なのはその時点ではけして大袈裟にしてない所だよなー。二部で彼がゲイである事がわかるからこそ、そういえばそういう意味だったのかもって思える。上手いなあ。
その伊織がゲイである事が如実にわかるシーンはコメディ色が強めで、宿で武蔵を押し倒して「ずっと貴殿の事を放っておけない、守りたいと思っていた」って吐露するわけで、そこを小次郎がおとずれるから笑いどころになってはいるけどあれは伊織の本音なんだろうなと思う。情が湧いてしまって、可哀想になってしまって、剣豪どころか卑怯な手を使う何をしでかすかわからない人殺しである事を知っていても、それでも側にいて何かしてあげたいと思ってそう行動してしまう伊織のそれは愛と呼ばずに何と呼ぶのかと!献身的すぎて。しかも伊織は武蔵が亀一郎を殺してから一年武蔵と一緒に山で修行するわけで、その頃の武蔵はとても穏やかだったと言っていることひとつ取ってみても伊織が武蔵をよく見ている事と献身を感じられて、しかも手を出さなかったわけでしょ?すごいよ……伊織すごいよ……なんという愛だよ……!
彼の愛が頂点に達するのがもちろんあのラストなわけで、ツルに完全に拒絶されてしまった武蔵が刀を抜いてしまうのを止める伊織がもう、すごい。ここで殺意も敵意も無いツルを殺してしまったら武蔵は完全に制御出来ない殺人狂になってしまう。いわばサイコパスだ。だからこそ何の罪も無い、何より武蔵が誰より愛するツルを武蔵が殺してしまわぬように、ある意味武蔵を守る為に伊織は武蔵の前に立ちふさがって止めようとした。こういうのは駄目だ、絶対に駄目だと伊織は武蔵が簡単に人を殺してしまえる事を知っていながら刀を抜いた彼の前に立ちふさがる。あそこで伊織もまた刀を抜いてしまっていたら、きっと武蔵は伊織を殺してしまっていたと思う。刃を向けられたらかならず殺してきた武蔵だから、刃向けられたらもう収集つかなくなってしまうんだよね。だから伊織は敵意が無い事を示すためきっと息も出来ない程の殺気に当てられながらそれでも刀を置いて、尚且つ首を差し出すんだよなああ。貴方にこの命を任せますとでも言うように!
お互いにぼろぼろと泣きながら「行こう、武蔵どん」「どこへ?」で暗転して、最後ステージで武蔵役の山田君と伊織役の金子さんだけが涙拭いながら挨拶して、それでおしまい。他のキャストは出て来ないしカーテンコールも無い。最初に客席についたときとまるで違う面持ちで、うわーうわーなんだこれうわーってなりながら劇場を後にする。そして後から色々な事を考えて更にうわーってなる。舞台観るのって楽しいなー!!!

武蔵と伊織はどうか二人で逃げて、それこそ海の見える山の中誰も武蔵に刃を向けない山の中で静かに暮らして欲しいと思った。伊織だけはけして武蔵に刃を向ける事は無いし、たとえ武蔵がツルを思い続け伊織を愛する事が生涯無かったとしてもそれで伊織は満たされるんじゃないかと思った。なんっって愛の話だよ!!予想外すぎるよ!!ダークホースかよ!!!!

矢崎さんの小次郎すごく好きです。飄々としてて現実的でどこか抜けてて可愛い。あとちょっと矢崎広っぽい。推しの全裸に褌姿が拝めて眼福でしたありがとうございました。改めてスタイル良いな!って思った。久々の大きく無い舞台でストプレすごく満足!

長々と語り過ぎて自分が気持ち悪いけどとりあえずドツボだったので暫く拗らせそう。DVD買おうか悩み中。
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カテゴリー:舞台
テーマ:観劇  ジャンル:学問・文化・芸術

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俳優矢崎広くんが好きです。
若手俳優中心の舞台関連の感想、レポ、企画中心
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