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俳優矢崎広くんと若手俳優さん中心の舞台観劇&映画ドラマ感想ブログ

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なかやざき『フランダースの負け犬』


シアターサンモール
7/20 マチネを観てきました

シアターサンモールF列。前方のフラット席はほんと見辛い…前の人の頭でステージ下の方が全然見えないし首は痛いし、後方で観た方が観やすかったなあ。

第一次世界大戦のドイツ軍が舞台。
文武両道のエリートであるヒュンケルと、同部屋であるコネで入隊した訓練もまともに受けないバラックを中心とし、サラエボ事件で開戦したことにより、ヒュンケルは小隊の将軍としてバラックたちを率いて隊を出撃させるが、それはシュリーフェン・プランの発動で敗走への道をたどる事になる。

理想のドイツ軍人として理想の強国ドイツを目指すヒュンケルと正反対であるバラックと生まれる友情と、非常な戦争の話。面白かったー!素直に面白かったー!脚本が面白いと本当に舞台って面白いなあと再確認。
しかも出演者全員とても役とぴったり合っていて素晴らしい。役者ファンとして観に行って、この人のこういう演技が観たかったんだよ!と思わせつつ更に観た事が無い部分まで引き出しているような、上手いなあ演出(偉そう)
そしてあれだけ相思相愛言ってたんだから中屋敷さん楽しかったんだろうなーというのが存分ににじみ出ていたね。もうね、フェチ全開だよね。大好きな矢崎広に自分の好きなホンで自分の好きな役で言わせたいことを言わせてるなあと。あと衣装もこれ完全にフェチズムの塊ですねありがとう。
僕はこんなにも役者矢崎広を愛しています!矢崎ファンのみんなわかるでしょこれ!これですよ!って見せつけられた感。何をとは言わないっていうか言えない言ったらダメな気がするけど、見せつけられた感!
良い出会いをして本当に良かったね……素直に次回作が本当に楽しみです!!

それと今回何より素晴らしかったのは誰よりも宮下雄也くんだわ。あの人凄いわ…何が凄いって一言で言い表せない。確実に宮下くんが舞台の全てをまわしていた。宮下くんのバラックがいなければここまで面白くなかったと思う。本当に凄いなあこの人。
それとベルニウス役の戸塚くんも良かったー!戸塚くんは仮面ライダーウィザードのイメージしかなかったんだけど、まあある意味ウィザードの時みたいな役柄ではあったけどある意味とても人間臭く壊れてゆくのがとても良い。
そしてヘンチュ役の池田くんの怪演もとても良かった!なんというか、この人は二次元みたいな役が本当に上手い。嘘っぽいキャラクターなのにそこに喜怒哀楽が見える演技が本当に上手いなあ。それとアニメ声優的な声の出し方がその二次元っぽさに拍車をかけていて面白い役者だよなあと改めて思う。なかなかああいう若手の役者って他にいない気がする。

そして本題はここからなんだけれど、この舞台色々掘り下げて見たくなる要素がてんこ盛りで、その辺の自分なりの考察を。完全に自分なりの、考察です(保険)

まずタイトルが『フランダースの負け犬』であることから、間違いなくモデルとなっている『フランダースの犬』から見るこの舞台。
フランダースの負け犬(以下フラ負)本編内では何度も何度もフランダースの犬のラスト、あの有名なネロと愛犬パトラッシュが大聖堂で天に召されるシーンが朗読される。冒頭から最後まで一貫しているこの物語のキーになる部分。
そして本編中ヒュンケルは将軍として部下にこの部分を引用し、「もし私がネロならば、パトラッシュを殺しその血肉を糧にしてでもドイツの為に生き延びるだろう」と声高に宣言する。
そうして最後、腕の中で息を引き取るバラックを抱えながら、ネロとパトラッシュが召される部分をヒュンケルが朗読する。
このことから、フラ負はヒュンケルとバラックの物語であり、それはフランダースの犬になぞらえ彼ら二人がネロとパトラッシュであることを示している。
ヒュンケルは自分の事をネロに例えたし、最後バラックを抱え朗読するところも自らをネロになぞらえているけれど彼は果たしてネロなのだろうか。
フランダースの犬のネロ少年は田舎の農村の水車小屋でおじいさんと老犬パトラッシュと一緒に暮らしている画家を目指す心優しき青年。しかし家柄のせいで不遇な扱いを受け、仕事も無くなり親友の少女アロアとの交際も認められず、冤罪をかけられ、絵画コンクールにも落選し失意のままに雪の中さ迷い歩いた末にたどり着いた大聖堂でパトラッシュと共に息を引き取る。
しかしこの時実は自体は好転していて、冤罪は晴らされアロアとの交際も認められ、絵画コンクールで審査員だった著名な画家に才能を評価されていた。だがそれは時すでに遅く、彼は何も知らないまま旅立つ。
このネロという少年像はヒュンケルからは正直見えてこない。むしろ逆だ。ヒュンケルは最初軍上層部からも同期からも高く評価され重宝され出世していくが、最後の最後親友だと言っていた男に裏切られ、上層部に裏切られ、バラックを手にかけることも出来ず壮絶な最期を遂げる。これはむしろ、フランダースの犬のネロとは真逆と言える。
つまりフランダースの犬も、フランダースの負け犬も、最後無念のままに2人が死を迎える話ではあるけれど根本的に真逆のラストになっている。
だとしたら、ネロはバラックの方なのだろうか。確かにネロもパトラッシュより先に死んでいる。
そしてバラックは自分の家柄のせいで(こちらは父親が偉いという意味で)望んでもいない軍隊に入らされ、元々士官学校を卒業できるほどの能力も無いのだから訓練についていけなくて、馬鹿にされ虐げられていた彼だけれど、自分で「馬鹿はこういうときに使うんだ、これが馬鹿の使い道だよ」と言う事を考えても彼は本当に馬鹿では無い事が分かる。そして最後ヒュンケルの為に死ぬという、役立たずとしての人生の最後にある種の希望を見つけたにも関わらず結局バラックと共にヒュンケルも死んでしまうところから、バラックこそがネロなのではないかと思えてきた。
そう考えると、パンフレットにも載っている

『君はパトラッシュを救えるか?』

という問いかけはつまり君はバラックを救えるか?という問いかけでは無く、『君はヒュンケルを救えるか?』という意味なのではないか。もっと言えば、バラックを救えないヒュンケルを救えるか?という問いかけなのではないか。
そもそも軍服に犬っていう辺りから、上官に従属するってイメージはあったよね。上官に尻尾を振って出世をねだるというのはまさにクルックに尻尾を振っていたヒュンケルの事なわけで、このことからもやっぱりパトラッシュってヒュンケルの事なんだろうなと。フラ負でのパトラッシュというのは、主人に尽くす忠犬では無く上官に尻尾を振る飼い殺された犬って意味だったのかもしれない。

となると、パトラッシュであるヒュンケルを救える可能性があった人物となると、1人はもちろんバラック。
自分の死でもってヒュンケルを生かそうとした。これが馬鹿の使い道だろう、君はパトラッシュを殺して生き残るんだろうと言うけれどここでのパトラッシュはヒュンケルの事なので、もちろんパトラッシュはネロを殺すことは出来ない。しかしバラックはもはや助からない怪我を負っていたので先に逝ってしまい、ヒュンケルも死んでしまうわけだけど。
更にもう一人バラックもヒュンケルも助けられたかもしれない人はクレーゼル。彼はベルニウスの手で殺されてしまうわけだけど。

この舞台で言いたかった事っていうのは、単純に戦争ダメ絶対っていう分かりやすい事じゃなくて、つまるところ「人を犠牲にして生きる人間と、犠牲に出来ず死ぬ人間どちらが負け犬なのか」ってことなんじゃないのかなあと。
死んだ人間をみな負け犬と言うけれど、本当は生き延びた人間こそが無様な負け犬なんじゃないのか。そう考えると中々に深いなあと思った。いや考えすぎかもしれないけど。考察楽しいから良いんです。

もっと掘り下げたいことも山のようにあるんだけど(なぜハーケンクロイツなのかとか、なぜセットが大きなハートなのかとか色々)それはまたまとまって書き起こすの面倒臭くなかったらまただらだら書きたいと思います。ふふふふ色んな意味でこの舞台楽しかった。
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俳優矢崎広くんが好きです。
若手俳優中心の舞台関連の感想、レポ、企画中心
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